2005年 07月 15日 ( 1 )

 

プラグマティックス(語用論)を教えるべきか?

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昨日あったシンポジウムでプラグマティックスの習得を数字化して、
またプラグマティックスを教え、アセスメントを作るべきだとプレゼンした人がいた。

もちろん言語間によって感謝の表現や、謝り方の差はあると思うし、
それによって色々支障があることも事実なので、
そのことについて研究することには
(コンテクストから離して研究するのではなければ)
別にいいと思うし、教科書でそれについて触れるのもいいと思う。

でも、プラグマティックスの習得をassessmentを使って、
数字というデータであらわすというのは、
ワールドイングリッシュの概念に反すると思う。

プラグマティックスを教えるためには、
言語をStaticなものと考えて、しかもモデルをもたないといけない。
英語しかしらないモノリンガルの人に、
英語のバリエーションや、異なったタイプの話し方が世界にはあるということを
教える教育が始まろうとしている時代に、
どうして「どうやったらネイティブライクになれるか」がベースの
プラグマティックスを教えるのか。
また、プラグマティックスのアセスメントをつくったあとに、
どのようなwashbackがあるか考えているのか、とても不安になった。

どうしてデータ化する必要があるのか、という質問には、
「まだまだリサーチの足りない分野だから。」と答えられた。
でも、リサーチするためにアセスメントを作り
しかも数字でデータを出す必要はないとおもう。
先日もJim Lantolfが、リサーチが数字を出そうとしすぎている、
数字がなくてもシステマティックであればリサーチとして成り立っていると言っていた。

あと、日本みたいに「さあ英語をお勉強しましょう。」という環境だったらともかく、
アメリカに住んでいるスペイン語話者に、授業の科目としてスペイン語を教える場合、
いわゆるスペインのプラグマティックスを教えるのは、
アイデンティティの問題につながることは目にみえている。
(No Child Left Behindさながら)
この質問をしたら、「注意しながらしないとだめですね。」というコメントしかなかった。

今日会った先生に、質問の内容が的を得ていたといわれたけれど、
的を得ているよりもなによりも、
プラグマティックスのアセスメントをつくることによって、
どれだけネガティブなインパクトがあるかちゃんと考えるべきだと思った。

補足だけど、プレゼンの内容には賛同できなかったけど、
プレゼンテーションの仕方はすごくよかった。

さらに補足。
この写真の花は寮までの帰り道にさいていたのをつんだ野生の花です。
自然ですごくきれいだった。
ちなみに、もう4日くらいたつのに、まだしゃんとしてる。
いつまで元気でいてくれるかな。
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by bluebirdweather | 2005-07-15 11:06 | 今日もばら色(・・・かも)